いわゆる、好きなものリストの話


"1000の好き"   って、10数年前に流行ってたなぁと、ふと思い出した。(エムペとか懐かしい)

形は違うけれど、今も好きなものリストなんかはEvernoteに保存している。

私はそのメモに、「ときめくものリスト」というタイトルを付けている。


好き」を考えすぎると、そのうち、自分の中で「好き」の定義がわからなくなったりする。

そうなると、自分の作ったリストを見返しても、何か違うような気がしてきたりするのだ。


ときめく」は、基準がはっきりしている。

自分の心が喜ぶもの、これの事を考えるだけで、無条件に何だかわくわくする、楽しくなる、幸せな気持ちになる、というもの。

リストを見返すと、心が沈んだ時、何もやる気がわかない時に、少し元気になったり、やりたい事が出てきたりする手助けにもなる。


それから、自分はそれが好きなのだと再認識する事で、それを引き寄せる効果もある。

引き寄せるというか、幸せを感じられる対象が多くなるのだ。

人は見ようとするものしか見えない。
要は、「好き」を明確に自覚することで、身近な幸せを感じるチャンスを逃さない、ということ。


あと、"これを好きな自分が好き"という考え方も分かりやすくていい。

この基準をプラスすると、リストがさらに、なりたい自分へ近づけてくれるツールにもなる。

たまにリストの内容を思い出し、そういった環境を作ったり、それを身近に置くように意識する。



ちなみに私のときめくものリストは、
旅とか、紅茶とか、コーヒーとか、チョコレートとか、ジャズとか、うさぎとか、アロマキャンドルとか、ヨーロッパのアンティークの陶磁器とか、バニラの香りとか夏の夜の虫の声とか冬の一発目のストーブの匂いとか、そういった感じで数百個書いてあるんだけど、はずかしいから全部は公開しない。



案外、日常に幸せを増やすのって簡単だ。

人生は "今" の連続で出来ているのだから、日常の中に小さな幸せをちょこちょこと作ることは、手っ取り早い「幸せになる方法」と言えるかもしれない。

幸せは、さらに別の幸せをも呼ぶ。

人も、幸せな人といた方が幸せだ。本当の幸せは、人にも伝染する。


何となく日本人は、根っこでどこか、楽して幸せになる事に罪悪感を覚えてしまいがちな人種のような気がするのだが、自分自身さえ幸せに出来ずに、一体誰を幸せに出来るというのか。

人は自分より他人のことを幸せにする力が大きいという話も本当だと思っているけれど、それは、人に頼らずまず自分をある程度コントロールした、その後の話。



人生の3分の1くらい生きて、私なりにいろいろと考えてた結果、今のところ、人生の目的は楽しく幸せに生きることだと思っている。

だって、自分が何のために存在していて何の目的で生かされてるのかなんて知りようがないし。そしたら、とりあえず楽しんどくしかない。





寝る気が起きなくて考え事をしていたらなぜか人生論に行き着いた、午前4時のひとりごと。





あゆみ



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